三浦裕史のホームページ          新版『近代日本軍制概説』を刊行予定。

■近代日本の政治法制について関心があります。■2021年06月06日記事参照。

陸軍省法官部長井上義行の経歴と肖像は、井上密『大日本帝国憲法講義』解説に載っています。

義行(よしつら)は陸軍刑法の制定に関与した。

養子の密は京都帝大教授、京都市長。寡作の人だが、佐々木惣一の師として知られる。

 

都祁水分神社(奈良県旧都祁村)は本殿が大きな春日写し。

1.最初の鎮座地は南方にあったと云う。社殿は南面ではなく東面する。

2.都祁地方は高原地帯。名阪国道や路線バスを利用すれば、よく分かる。

3.境内直ぐ東側に従四位下小治田安萬侶の墓がある。墓誌の書体は雅趣あり。



田原本町(奈良県磯城郡)の四名社――多坐彌志理都比古神社、鏡作坐天照御魂神社、池坐朝霧黄幡比賣神社、村屋坐彌冨都比賣神社。

神社名が長いので、略称が用いられる。

1.多神社は多氏(太氏)の氏神。安萬侶は古事記の著者ではない。

2.鏡作神社は本殿が素晴らしい。設置物や社叢で良く見えないが。

3.池神社は中古、法貴寺天満宮と呼ばれていた。神社名が何とも幻想的。

4.村屋神社は社叢が深い。初瀬川畔から望む三輪山が美しい。

 

吉志部神社(大阪府吹田市)――駅名の岸辺は川の岸辺のことかと思っていたが、違うようだ。

1.駅から歩くとチョットしんどい。北口には大病院がある。

2.裏の名神高速が少々やかましいが、丘の中腹に鎮座し環境は良い。

3.昔は大神宮と呼ばれていたが、明治以降、現社名となった。

4.本殿は十年以上前に不審火で全焼。その三年後に再建した。桃山期の極彩色が蘇ったから、非式年の遷宮と思えば慰められようか。

5.残念なのは覆屋。保存のためとは言え、七間流造の全容を拝せないのはツラい。

6.由緒書の表紙は旧本殿。そろそろ新本殿の写真にしてもよいだろう。

 



藤田嗣雄先生 歿後五十六年。

先生は官吏としての守秘義務を意識し過ぎていた。

御存知のことをもっと書いて戴きたかった。

(帯の文句が面白い。帯無しの画像は以前、掲げた。)

 

中臣須牟地神社(大阪市東住吉区)についての所感。

1.矢田駅から歩いて10分弱。境内西側に樹叢を有する。

2.氏の名を冠する神社名は珍しい。須牟地は地名の住道か。

3.開扉日には参詣の人がポツポツやって来る。

 

伊太祁曾神社(和歌山県和歌山市)についての所感。

1.ネコで知られる和歌山電鉄の伊太祁曽駅から歩いて5分。参道に店があるわけでもなく至って静か。紀伊国一の宮を称する。

2.神紋の名称がわからない。境内はそう広くない。池を渡る曲橋。

3.社殿は新しい。樹齢千年を超えるような巨木が聳えていれば、ふさわしいのだが。

 

調田坐一事尼古神社(奈良県葛城市)についての所感。

1.葛城山二上山を望む地に鎮座。尺土駅から徒歩10分強。通称は疋田神社だが、「ねこ神社」と呼んでみたい。

2.中古は春日神社と呼ばれていたらしく、神紋は下り藤。

3.葛城一言主神社(いちごんさん)と同系か。社名は古社たるをよく示している。

 

和泉五社総社本殿(大阪府和泉市)は最近、修理して綺麗になったが、

拝殿、幣殿、塀に阻まれてスッキリと拝見できない。残念。

(由緒書より)